中国文明起源解明の新・考古学イニシアティブ

研究概要

金沢大学歴史言語文化学系
教授 中村 慎一

 新石器時代晩期(紀元前3千年紀後半)の中国では、考古学文化の枠を超えて広い範囲に分布する器物が出現します。玉器、トルコ石、タカラガイ、ワニ革太鼓、象牙、漆器、特殊土器、水銀朱などがそれです。そうした各種威信材をやり取りした考古学文化としては、竜山、陶寺、老虎山、斉家、後石家河の諸文化が挙げられます。考古学文化の違いを超えてエリート層の権威の象徴物=威信材が共有されるというこの現象こそが中国文明形成前夜の文化的状況を特徴づけています。

 同類の器物が広範に分布するとき、考古学ではそれを遠距離交易の結果であると考えます。当然、それを運んだヒトがいたはずです。モノの移動の背後にあるヒトの移動の問題です。ヒトの移動が問題になるのは、なにも交易といった平和的な活動に限られるわけではありません。紀元前3千年紀の後半には各地で殉死、人身供儀、頭骨埋納といった風習が見られるようになります。そうした異常な最期を遂げた人々の来歴を探る必要があります。

 興味深いことに、さらに数百年遅れて青銅器文明が誕生したのは、新石器時代晩期の地方文明の空白地帯であった現在の河南省です。それは、辺境が中心に転化する過程と言い換えることもできるでしょう。そこにはヒト・モノ・情報の融合、すなわちハイブリディティの獲得が大きく作用しているのではないかと考えられます。 さらに、この時期、あるいは少し遅れた青銅器時代初期にムギやウマ、ウシ、ヒツジ、そして青銅器や馬車などが中国に出現することを考えれば、文化的ハイブリディティが中国内に留まるものではないことが予想されます。
このような問題意識から、本領域では以下の3点の達成目標を掲げました。

 中国文明形成期において文化的ハイブリディティが果たした役割の究明
 モノの移動の背後にあるヒトの移動の集団・個人レベルでの復元
 初期中国文明の外来要素とプロト・シルクロードの実態解明

 これらの目標を達成するためには、目に見えるモノから歴史を再構する考古学と、そのモノから目に見えない情報を引き出す考古科学とが対等な立場で協働する必要があります。地球化学や生命科学の最先端の分析手法を援用することで遺跡や遺物から最大限の情報を抽き出し、これまで考古学では不可能とされてきた個人レベルでの歴史復元さえも可能にしていきます。考古学研究をこれまでとは質的にまったく異なる高次元の総合歴史科学へと変革するのが「新・考古学イニシアティブ」です。

 そうした営為を通じて、従来の中国文化論・文明論に刷新を迫り、今後の人類文明のあるべき姿を考える上で“中国四千年の歴史”とも称される中国文明がもつ強靭なレジリアンスの有効性について提言を行い、文理の関連諸科学に考古学の横串を通すことで新たな学問領域を創出していきたいと考えます。

                                           

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ロゴマークのモチーフは、後石家河文化の玉器に刻まれる「神面紋」です。
長江中流域に源を発するこの図像は、やがて黄河流域へと拡大していきます。この現象は、新石器時代晩期における地方文明間の神観念の共有を示唆するものです。